人と街、歴史と文化、新しさと楽しさを兼ね備えた「保土ケ谷宿場まつり」の未来をつくりたい!

宿場街400年の歴史を未来に引き継ぐ「保土ケ谷宿場まつり」活性化プロジェクト
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募集終了

365,000
支援者
62
最低必要金額
300,000
目標金額
450,000
募集終了まで
0
達成率:
122%

プロジェクトオーナー

「保土ケ谷宿場まつり」は、1601年、江戸時代に東海道の宿場となり、交通の拠点として賑わった「保土ケ谷宿」の歴史と伝統を今に伝えるべく、1990年から始まったお祭りです。保土ケ谷宿場まつり実行委員会は、保土ケ谷宿があった地域の商店街から「保土ケ谷宿場まつり」の運営を引き継ぐため、2011年に結成しました。2016年度は10月9日(日)・10日(月・祝)に開催致します。

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「歴史の旅」を辿り、「LOCAL GOOD」を知る

2016年8月17日
一昨日、昨日と保土ケ谷宿の歴史を伝える案内板「歴史の道」の紹介をしてきました。
では、この「歴史の旅」はどこから始まり、どこで終わるのでしょうか。

起点となるのは、天王町駅の北側にある「江戸方見附跡」から始まります。


江戸方見附は、各宿場の江戸側の出入口に設置されているもので、土盛をした土塁の上に竹木で矢来を組んだ構造をしています。
(中略)宿場の範囲を視覚的に示す効果を合わせ持っていたと考えられます。
ここ江戸方見附から京都(上方)側の出入口に設置された上方見附までは、家屋敷が街道に沿って立ち並び「宿内(しゅくない)」と呼ばれ、保土ケ谷宿では外川神社付近の上方見附まで19町(約2キロメートル)になります。


この「江戸方見附跡」から、国道一号線 保土ケ谷バイパス狩場インター手前にある外川神社の手前まで「歴史の道」は続いています。
終点となる外川神社付近は、江戸時代の東海道に設置されていた「一里塚」を再現したプロムナードが整備されています。

その間にあるのが、保土ケ谷宿場まつりを行う帷子町・月見台です。

ここは、宿場の公的業務を担っていた「問屋場」、幕府や領主の定めた法令を掲示する「高札場」がありました。
また、JR東海道線・横須賀線の踏切を渡ったすぐ先には幕府の役人や参勤交代で往来する大名が宿泊する「本陣」がありました。


そうなのです。
かつての保土ケ谷宿の中核部が位置していた場所で行うおまつりだからこそ「保土ケ谷宿場まつり」なのです。

今回、改めて「歴史の旅」の案内板を辿りました。
そのなかで保土ケ谷宿の中核部が位置していた場所だからこそ、諸先輩方が最後まで「保土ケ谷宿場まつり」を続けようとしたのだと思いました。


子どもたちの夏休みがもうすぐ終わるころ。
夏の自由研究のお手伝いも兼ねて、こうした「歴史の旅」を辿るのもよいのかもしれません。

そして、保土ケ谷宿に限らず、地域の歴史に興味を抱かれたら何かしらの形で支援をする。
これも「あなたのまちで、あなたにもできること」になるのでしょう。

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